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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

命を奪い合えるような人 - 後編

   『障害』

 咲夜と別れ、クッキーの包みをしっかりと抱いて白玉楼へ戻った。包みの半分を自分のものにし、半分は幽々子様に渡すつもりだ。
 床の古くなった台所にある箱の中にクッキーを仕舞っておく。お茶をするときにお出しすれば良いだろう。
 クッキーの匂いに釣られたのか、幽々子様が漂いながら姿を現した。
「あ、幽々子様、今帰りました」
「美味しそうな匂いね~。まあ先に晩御飯、晩御飯」
「はい」
 使いの霊が用意した夕餉を失礼ながら幽々子様と頂く。少々塩辛いお味噌汁で白米を流し込んで行く。
「妖夢、あのメイドとは上手く行っているの?」
 口の中の物を吹き出した。幽々子様には咲夜と付き合っていることを話していないというのに。
「あらあら、汚いじゃない」
「気付いていたんですか!?」
「あのメイド、咲夜が大層嬉しそうな顔で来るんですものねぇ……気付かない方がおかしいじゃいの」
「……」
 漬物をぽりぽりと食べる幽々子様が微笑んでいる。私は怖いと感じて、俯いた。
 そういえば今日は庭仕事を殆どしていない。咲夜の所へ遊びに行くため、最低限のことしかしていないのだ。
 そのことを突かれては何も言い返せない。幽々子様がそれを許してくれれば何も言われることはないのだが……。
「何を思いつめているの?」
「いえ……咲夜と付き合ってるのを止めさせられるんじゃないかと……」
「別に、構わないわよ」
「え……」
「妖夢が誰と遊んだりしていようが、私は気にしないわ」
「でも、今日なんて仕事ちょっとしかしてないですし、その」
「そのことについては文句あるけど……まあ一週間に一度ぐらいなら別に構わないわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「じゃあ私はもう部屋に戻るわ。いつもの見回りと戸締り、お願いね」
「はい!」
 まさか幽々子様があっさり許してくれるとは思わなかった。もうこれで咲夜との付き合いで困ることは何もない。
 嬉しさが一気に湧き出て、思わず曲げた肘を引いた。
「あら、嬉しそうね」
「なっ!? ゆ、幽々子様部屋に戻られたのでは……!」
「うふふ、見ーちゃった! こんなに嬉しそうにする妖夢はそうそう見れないわね」
「も、もう! 幽々子様ったらっ!」
 恥ずかしい恥ずかしい。ああ、恥ずかしい。逃げるように部屋へ戻られる幽々子様に怒鳴った。
 やけくそ気味に食器を片付ける。桶にぶち込む感じで片付け、洗い物は使いの霊に任せた。
 折角良い気分でいたのに、幽々子様がまさか隠れて見ていただなんて。酷いお人だ。

   ※ ※ ※

 師走の中ごろにもなった日。白玉楼の庭に雪が積もり始める頃だ。
 冬を越すための準備で忙しく、中々咲夜の所にまで会いに行けない毎日。
 そんなとき、遊びに来た騒霊達が今度神社でライブをすると行って来た。
 なんでも外から来た「くりすます」というものを記念しての行事だそうだ。つまり、宴会。
 このことを幽々子様に伝えると、幽々子様はもちろん行くと仰った。私は喜んだ。咲夜に会えると思ったからだ。
 聞くところによると色んなところに顔を出して宣伝してきたらしい。間違いなく紅魔館の連中もやって来る。
 そうなれば咲夜が上司であるレミリアに付き添う形で必ず来る。
 私はその日にどんなお洒落をして行くべきか考えながら、私は仕事を少しでも早く片付けられるよう急いだ。

   ※ ※ ※

 当日。結局私は、前に紅魔館が月へ行くロケットを作ったときのパーティで着ていった格好をして行った。
 白いケープを羽織って、首にはマフラー。靴も替えている。寒い季節のために、黒い靴ではなく長いブーツ。
 咲夜に教えてもらった、靴下よりも暖かい履物の黒いストッキングを着用しておいた。
 カチューシャはあえていつもの物にした。これは変えない方が良いと思ったからだ。
 幽々子様が呼んでいる。おそらく支度が出来たのであろう。お守りを胸に仕舞って、刀を取って幽々子様の所へ急いだ。

   ※ ※ ※

 博麗神社の方はすでに賑わっていた。入り口前の階段にも人がいる。
 石畳の本殿前では肴で酒を飲んでいるものもいる。そして目的の、紅魔館の住民もやはり来ていた。
 皆厚着だった。いつも涼しそうな格好をしている魔理沙もこの季節は長袖だ。軽く会釈するだけの挨拶で済ませて、奥にいるであろう霊夢にも挨拶。
「あら、あなた達も来たんだ」
 霊夢の顔はすでに赤い。酒が入っているせいだろう。
「霊夢、お酒よお酒。やっぱりそれがないと」
 幽々子様は霊夢にお酒を要求。と、そのとき後ろから誰かが私の肩を叩いた。
 振り向かなくても気配でわかってしまう。幽々子様の親友、八雲紫様だ。
「幽々子はどうしたの?」
「え、そこに居ませんか?」
 私の隣に居たはずの幽々子様が居ない。霊夢と一緒に酒を取りに行ったのだろう。
 そう言うと、紫様も奥の方へ消えてしまった。私一人が取り残される。寂しい。
 これはチャンスなんだと思い、咲夜を探すことにした。近くに居る烏天狗に訊くと、今日はまだ見ていないと言った。
 少し離れた所にいる、永遠亭の鈴仙に訊いてみた。何十分か前に挨拶をしたと言っていた。
 今度は河童に聞いた。向こうにいると行った。その方向には紅魔館の魔女と門番が喋っている。咲夜は居なかった。
「こんばんわ。あの、咲夜は?」
「おやおや、咲夜さんの愛人じゃあありませんか」
「そういう言い方よしなさいよ、美鈴」
 美鈴の言い方が気に障った。よくわからないが、馬鹿にされた気分がする。何もしていないというのに。
「あ、不快にさせたなら謝るわ。咲夜さんですか、確か神社の階段降りて行った気がするんだけど……」
「え、神社の外? パチュリー、それ本当?」
「ええ、確かね。レミィは神社の奥へ行ったんだけど、何故か咲夜は外へ出て行ったわ」 
「そう、ありがとうね」
 二人に礼を言って神社の階段を下りていった。パチュリーにも訊いたのは今日の美鈴が信頼できないと思ったから。
 美鈴が私を好ましく思っていない様に見えた。
 そうでなければわざわざ咲夜の愛人だなんて呼ばれ方しない。冗談めいた感じではなく、嫌味を言っているように感じた。
 美鈴は咲夜と何か関係があったのだろうか。今はそんなことを考えても仕方のないことだ。
 階段の途中では山の上におわす神様達が杯片手に談笑している。失礼して横をすり抜け、さらに下へ。
 そこにようやく見えてきた、綺麗な銀髪の少女。三つ編みが可愛いメイド。いつも瀟洒な彼女。
「咲夜!」
「あら、妖夢」
 あんまり嬉しいから、周りのことを考えずに飛びついた。
「うふふ、妖夢ったら元気ね」
「咲夜も元気?」
「ううん、この前風邪引いちゃった……。でもお酒呑んでるからきっと平気」
「後でぶり返してくるかもよ?」
「その時はその時。とにかく今日は妖夢と久しぶりに会うことが出来て、嬉しいわ」
「うん、私も嬉しい……」
 咲夜と近くで見つめ合う。私より身長のある咲夜に飛びつく形で、抱きしめ合った。
 咲夜の酒臭い息と微かな香水の匂いが混じってる。三つ編みに触れてみると、さらさらしていて何だか興奮してきちゃった。
 こんな近くに咲夜がいるのか、と再認識して鼓動が激しくなった。
「この前あなたが来た後、私大変だったのよ。美鈴ったら妖夢のこと馬鹿にして……」
「あ、さっき会ったとき妙な態度取られたわ」
「ごめんなさいね妖夢。普段はそんなことないんだけど、なぜかあなたのことを目の敵にしてるみたいで……」
「ううん、良いの。他人が何と言おうが、私とあなたの関係は変わらない。そうでしょう?」
「ええ、そうよね。そう言ってくれる人で嬉しいわ」
 咲夜がきちんとした人で良かった。あの美鈴を悪く言わないで欲しいと気遣いしつつも私のことも見てくれている。
 咲夜が手に持っているお酒をもらい、一口呑んだ。その後に思う、これは咲夜の口が付いたものなのではないのか? と。
「ねえ咲夜、あの」
「間接キスね」
「っ! や、やっぱり! せめて一言言ってよ!」
「どうして? 何も言わない方が楽しいと思ったのに」
「咲夜だけじゃない! 咲夜におちょくられたみたいで、何か……釈然としない」
 いつだってそうだ。私よりもしっかりしている咲夜が一枚上手だ。今も何気なく乗せられた。
 ただ、前まではそれで悔しい思いをしたりしたが、最近は少し違う。むしろ居心地が良いと感じるほどだ。
 引っ張られることに反発するよりも、引っ張ってもらった方が良いのではないかと思ったのだ。
 幽々子様が私を導いて下るのと似たようなもので、咲夜にも私を導いて欲しいと思い始めている。
 私は一人の女性として未熟だ。恋愛に関しては奥手であるし、日常生活する上でも不器用な部分が多い。
 そこの所を咲夜に教わり、ときには慰めてもらい、労ってほしいと思う。
 私の努力を認めて欲しい。私に出来ることなら何でもいいから褒めて欲しい。
 それだけで私は自信がつき、嬉しくなる。そしてそれを原動力に何かしらのお返しが出来たら、もっと嬉しい。
 そのためにはもっと咲夜と一緒の時間を過ごしたい。もっとお互いのことを知りたい。
 気がついたときには、咲夜の服の袖を握り締めていた。無意識に咲夜を求めている。
 咲夜もそれに応じてくれた。私の背中に手を伸ばして、しっかりと抱きしめてる。
 暖かい。心が安らぐ。気持ちが良い。眠たくなるほど、居心地が良い。
 咲夜。彼女の名前を呟く。妖夢と、私の名前を呼び返ってくる。
「ねえ妖夢、上の方が騒がしいわ」
「え?」
 階段に居た神様がこちらを見て手招きしている。
 こちらに近づいてきた豊穣神様が私と咲夜の手を引っ張った。本殿の前で、幽々子様とレミリアが睨みあっていた。
「幽々子様!」
「お嬢様!」
 幽々子様のお傍につく。咲夜も同様に、レミリアの近くへ。
「幽々子様、どうされたのです?」
「このコウモリが私に喧嘩を売ってきたのよ」
「えぇ?」
「ふん、喧嘩を売ってきたのはそっちじゃないの。満月が無ければ夜雀にも負けるですって? 舐めるのも大概にしなさい!」
 やけに興奮したレミリア。今にも幽々子様へ飛びかかろうとしている。
 咲夜が落ち着かそうとしているが、効果は無さそうだ。
「お嬢様、こんな所で暴れてはいけません。どうか、どうか気を静めてください」
「咲夜うるさい。他人に見下されるのが大嫌いだって知ってるでしょう? 落ち着いていられるわけがない!」
 周りに居る宴会の客は暢気に酒を呑んで見ているだけ。むしろ盛り上げようとする輩までいる。
 幽々子様一人でも相当な力をお持ちなのに、あの吸血鬼も暴れては周りにいる者達も無事では済まないはずだ。
 幽々子様とレミリアが懐に手を入れた。スペルカードを手に取ったのだろう。
「幽々子様、ここでスペルカードなんて使ってしまっては無茶苦茶になってしまいます」
「お嬢様、お願いします。お怒りを静めてください!」
 幽々子様が私を突き飛ばす。邪魔、とだけ呟かれた。咲夜も同様に、突き飛ばされていた。
 紅魔館の門番、美鈴がレミリアに近づくも、レミリアに睨まれて動けないでいる。
「待ちなさ~い!」
 叫んだのはこの神社の持ち主、霊夢であった。臆することなく二人の間に立ち、二人を小突いた。
「暴れるなら遠いとこでやってよ! 神社が壊れる!」
 止めるつもりはないらしい。外で暴れるのならいい様だ。
 私としては止めて欲しい。だって咲夜が向こうにいるのだから。
「妖夢、帰るわよ」
「え?」
 幽々子様が後ろを向き、私の手を引っ張って行く。咲夜から離れてしまう。
「咲夜、美鈴、パチェ!」
 向こうも引き下がる様子。咲夜がこちらを見ている。まるでお互いの上司に私と咲夜の仲を引き裂かれたみたいだ。
 幽々子様に引っ張られながらも、咲夜を見つめる。彼女は泣いているようにも見えた。
 何も言わず白玉楼を目指す幽々子様。とうとう咲夜の顔が見えなくなってしまった。
「あの」
「何も言わないで」
「……」
 幽々子様がこちらを見てくれない。耳を貸す様子もない。私には幽々子様を止められない。
 白玉楼へ着くと真っ直ぐ自分の部屋へ戻られた。そして明日の朝まで入ってこないで、と言われる。
「そんな、どうしてです?」
「いいから入ってこないで。破ったらあなたを追い出すわよ」
「そ、そんな……」
 勢いよく閉められる部屋の襖。これ以上声をかけることすら出来ないのだろうと諦め、私も部屋に戻った。
 幽々子様はどうしてしまったというのだろう。レミリアと口論になったというのはわかるが、どうも腑に落ちない。
 幽々子様は寛大な心の持ち主だ。それに比べて、レミリアはどちらかというと私のように、子供であると思う。
 咲夜からそんな話を聞いたので、そんなイメージを抱いている。
 でもレミリアの話では幽々子様がレミリアを煽ったという感じだ。
 わざわざ揉め事を作ろうとする人もでないし、そもそも幽々子様はあの吸血鬼に対して何の恨みもない。
 なぜあんなことをしたのか、本当にわからない。
 とはいえ今日のところは幽々子様が冷静になられるのを待つしかない。
 咲夜から無理やり引き剥がされたみたいで寂しく思うが、我慢するしかない。
 そうして部屋で寝る準備をしていると、背後で妙な気配を感じた。
 それは結界、空間が捻じ曲げられる気配。後ろを振り向けば、紫様が現れたのだ。
「もう、いつもいつも変な所から」
「人を驚かせるのは妖怪の性分なのよ。幽々子は?」
「それが、部屋に引きこもってしまって」
「あらそう。ありがとう」
 そう言うと紫様は部屋を出て幽々子様の部屋の方へ歩いていった。
 今幽々子様は機嫌が悪いから気をつけたほうが、と声をかけようと思って廊下に出たところで紫様があっさり幽々子様の部屋へ入っていった。
 部屋の中から楽しそうな声が聞こえる。私は駄目でも、紫様なら良いということなのだろう。付き合いが長いだけあって、か。
 私は咲夜と離れ離れになり、幽々子様にも邪魔者扱いされたみたいで寂しくなった。
 こんなとき咲夜が居れば優しい声をかけてくれて、私を守ってくれるのに。
 会いたい、咲夜に会いたい。神様へそう祈るように、神棚をじっと見つめた。


   《霊夢》

 寒い季節は温まりきった布団の中から出るのが辛い。それでも布団から出ないと何も出来ないから、出るしか仕方がない。
 すぐに火を点けてしまわないと。この腋が涼しい服で過ごす冬は相当きついのだから。
 湯たんぽの残り湯で顔を洗って、台所の火を点ける。
 沸きたての緑茶。胃の中が温まってすごく良い。ご飯も用意。釜にも火をくべて、お米も焚かないと。
 お茶を淹れるお湯で手軽なお吸い物を作り、またそれを飲みながら昨日用意した浅漬けをつまむ。
 口の中が塩辛くなってきて、ご飯が欲しくなるところでふつふつ言ってる釜から湯気の立つお米をお茶碗によそう。
 塩辛い涎を捨てたいのを我慢して焚きたてのご飯を口で冷ましながらかきいれる。
 美味しい。もう一度ご飯を口に入れ、お吸い物を少し飲んでご飯をお吸い物で浸す。そして良く噛んで食べる。美味しい。幸せだ。
 浅漬けとお吸い物でご飯を流し込み、最後の〆めとしてもう一杯のお茶。ご馳走様。
 暖かい物を食べれば体は温まる。里の寺子屋で教師をしている慧音に朝食は体の体温を上げると言っていた。たぶん今の私はかなり暖かいはず。
 とは言え外に出て掃除をしようとはあまり思わない。それとこれとは別だ。
 今日一日ぐらいしなくても、と思って庭掃除をしないまま何日か経つ。この前したのは一週間ぐらい前だった様な……。
 そして最近掃除をしていないのはもう一つ理由がある。このところ毎朝の様に魔理沙がやってきて、好き放題して行くのだ。
 いや、別に魔理沙がやって来るのは問題。むしろ掃除をサボる言い訳が出来て良いかもしれない。
 遠くから何か爆発する様な音が聞こえてくる。こんな朝早くに。迷惑この上ない。近くに人の住む家が無いだけましか。
 その爆発音がしたと思えば、次に聞こえたのはすぐ近くで誰かが地面に降りた音が聞こえた。
 今度は歩く音。そして玄関を勢い良く開ける音。どたどた、と廊下を走る音が聞こえて、次に私を呼ぶ声がするはずだ。
「霊夢ー!」
 思ったとおり。そして私を呼んだのはいつも明るく、前向きな魔理沙。
「おはよ」
「おう。何だ、もっと景気良く行こうぜ! お、美味そうじゃん。私にも何かくれよ」
「お吸い物でいいなら」
「もらうぜ!」
 そう言う前からすでにお椀を用意している魔理沙。最初からもらうつもりである。
 帽子を外した魔理沙が山菜の入ったお吸い物を音も無く飲む。行儀は良いのだ。
「ふう、温まるぜ」
「寒いんだしゆっくり飛べば?」
「これだけ寒けりゃ一緒だぜ。むしろ速く飛んで一瞬で終わらせた方が良いに決まってる」
「ふーん」
 食器を片付ける。洗い物は何も言わずとも手伝ってくれるのでありがたい。
 洗い物を取るときに魔理沙と手が当たった。彼女はなぜか硬直していたのだが、よくわからなかった。
 そして食後に少しだけ、薄めた酒を呑む。これで一段と体が温まるのだ。
「なあなあ霊夢う」
「何よ。今日は何の話?」
「ほら、この前言った奴だよ。咲夜と妖夢が付き合ってるっていう」
「ああ」
「この前の宴会のときに幽々子とレミリアが一悶着起こしただろ? あれで二人が会えないんだってさ」
「ふーん」
 目を輝かせて次々に咲夜と妖夢に関する話をし始める。他人の事情の話がそんなにおもしろいのだろうか。
「それでさ、紅魔館が白玉楼に押し入ろうとしてるんだって」
「んー」
「おいおい、聞いてるのか?」
「……聞いてるわよ」
「それでだな、何でもパチュリーが幽霊に良く効く魔法の研究してるんだとよ」
「ふーん」
「レミリアと咲夜なら幽々子と妖夢、二対二で丁度良いと思うけどパチュリーも入ったら白玉楼ピンチじゃん?」
「あんたが助けてあげるって言うの?」
「考えたんだけどな、私が毎日パチュリーの所へ行って邪魔しようとしてるんだが……最近門番がやけに強いんだ」
「ん。前まで普通に入ってたとか言ってたじゃない」
「そうなんだけどな、まるで手加減してくれてる感じじゃないんだ。私を殺す気でいるぐらい、凄い顔で来るんだぜ。さすがに近づけない」
「よっぽど、誰かに邪魔されたくないのね」
「だろうな。あの二人が仲良くしてるのを応援したいんだが……これ以上はキツいものがあるぜ」
「何でそこまでするのよ。どうだって良いじゃない」
「だって、咲夜の奴、妖夢の話するとき物凄く嬉しそうな顔で話すんだぜ? 何ていうか、見守りたくなるじゃないか」
「あんたの場合はそれ、見守るじゃなくて手助けじゃない」
「そうかもしれないな」
「放っておきなさいよ」
「放っておけるわけないだろう! 可哀想じゃないか!」
「……」
「全く、お前って奴はどうしてそんなに周りの奴に絡もうとしないんだよ」
「さあね。よくわからないけど、どうでもいいわ」
 お喋りに満足したのか、魔理沙は帰るように身支度を整える。帽子を被り、箒を握って縁側から外へ。
「そろそろ行くぜ。お吸い物ありがとうな」
「ええ」
 来たと思えば喋ることを喋るとすぐに帰っていく魔理沙。今一彼女の行動理念がわからない。
 考えたところで別に何かしようとする気もないので、考えることを止めた。
 お酒で温もった体でもう少しだけ眠ろうかと思ったのだが、逆に暑くて眠れない。困ったものだ。
 外へ出てみると丁度良い寒さだったので、一週間ぶりの掃除をしておくことにした。

   『成就』

 普段は私が朝一に起きて白玉楼の見回りをしてから幽々子様を起こし、朝食に案内する。
 そうと決まっているのだが、今日は気分が悪い。咲夜から引き離されたことによるショックの余り、何もかもを投げ出したい気分だ。
 起床の時間はとっくに過ぎているだろう。でも布団から出たい気分に到底なれない。
 私が部屋から出てこないことを不審に思われたのだろうか、幽々子様が私の部屋へ入ってこられたのだ。
「……おはようございます幽々子様」
「ん、おはよう。妖夢、話があるの。後で私の部屋に来なさい」
 そうまで言われては無理にでも布団から出るしかない。私は着替え、刀を取って幽々子様の部屋にお邪魔した。
「咲夜とはもう会ってはだめ。今度咲夜を見かけたら殺してしまいなさい」
 幽々子様の口からは思いもしなかった残酷なことを告げられた。
「そ、そんなこと出来ません! 何を仰るかといえば、そんな……!」
「ふざけているわけじゃないのよ妖夢。昨日やってきた紫に相談して決めたのよ。紅魔館の連中と戦争するつもりで行く、とね」
「待ってください!」
「妖夢の意見はいらないわ。あなたは溺愛してる人が向こうにいるから、止めろとしか言わないに決まっている」
「当たり前です! 納得出来ません!」
 こればかりは幽々子様に従うわけには行かない。
 咲夜と争いたくないということもあるが、一番の理由はそこまでして紅魔館を潰しにかかる意味がわからないからだ。
 前々から紅魔館と争っているなんてことはない。そもそも紅魔館とは居るところが違いすぎる。
 こっちは冥界。向こうは顕界。これだけ離れているのにそれぞれの主人同士が争う理由が口喧嘩なんておかしい。
 私は頭が良くないかもしれないが、さすがにそれぐらいわかる。斬らなくてもわかる。
 ただ、幽々子様が何を考えているのかわからない。レミリアに敵対し、争いごとを起こすことで何かしらの異変が片付けられるとでも言うのだろうか。
 仮にそうであれば、咲夜と闘うこともできるが……幽々子様の口から私でもわかるぐらい分かりやすい言葉で説明して頂かないと理解できない。
 何せ、いつぞやの天人様が起こした地震騒ぎ。私は紫様に緋色の雲の話を聞かされて初めて元凶が天界に居ると気付いたが、幽々子様は最初から敵、元凶が天人様であると推理されていたのだ。
 私何かとは比べ物にならない程尊い存在である幽々子様のことだ。もしかするともっと別の企みがあるかもしれない。私よりも高度な次元での考えから、咲夜を殺せと言っている可能性もある。
 それならば私は幽々子様について行こうと思う。だから私は、幽々子様の言うとおり、咲夜と会ったら全力で排除しようと思う。
「妖夢。出番よ」
「え、えぇ?」
 幽々子様に言われて周りを見る。まさか、咲夜がこの白玉楼に忍び込んだ? 確かに気配が感じ取れる。気配は裏手の縁側付近にまで近づいている様だ。
 刀をぐっと握り締め、意を決して庭に飛び出した。そこにはナイフを手に取っている咲夜が息を荒げて居た。
「……咲夜」
「出来れば、こんな形で再会したく無かった」
 咲夜の顔色から緊張しているのが窺える。彼女の手中にあるナイフ。私を傷つけるためなのだろうか。それとも、幽々子様か。
「咲夜、私……」
「妖夢。先に言っておくわ、私はあなたを殺しに来た」
「そんな!」
 幽々子様に従うと私は言った。言ったが、その約束を守る自信が無くなっていく。
 やはり無理だ。愛する咲夜と命の取り合いをするなんて出来ない。
 だから私は刀をその場に落とした。自分の大切な、長年付き合ってきた武器を捨てた。
「何を、しているの?」
「咲夜だって嫌でしょう! 私達付き合っているのよ! それなのに、闘うなんて……出来ない!」
「……」
 咲夜が一瞬憂いた表情を見せる。が、次の瞬間目つきを尖らせて私を睨んだ。
「刀を取って、妖夢。もう一度言う、私はあなたを殺しに来たのよ!」
「そんな! もし私達のどちらかが死んでしまっては、もう愛し合うことが出来なくなるのよ!」
「……お願い。刀を取って、妖夢。私はお嬢様のために、あなたの命を奪わなければいけないのよ」
「私だって、幽々子様に言われてあなたを殺さないといけない」
「なら闘って! 私達は恋人同士である以前に何なのよ! 私達には、従うべき主人が居るじゃない!」
「でも私、咲夜と居るとそういうことを忘れていられたの。あなたと居ると幽々子様のことを忘れていられるの。だから……」
「どうしてわかってくれないのよ! そんな妖夢、私大嫌いよ!」
「え……?」
「私があなたを好きになった理由を教えてあげるわ! 私はね、あなたが私以上に、主人のために働こうという志に惹かれて好きになったのよ!」
「……」
「あなたにとって守るべきものは私よりも主人なんでしょう? 確かに私だって妖夢と居るときは従者であることを忘れていられる。でもね、やはりそれは気がするだけなの! お互いの主人のために闘って! あなたはきっと、自分の主人とそういう約束をしているはずよ」
 そう。私はここ白玉楼の庭師をするだけではない。幽々子様をお守りすることが私にとっての生き甲斐である。
 生まれて間もない頃、お師匠様に剣を教えてもらった。細かいところはぼんやりしていて覚えていないのだが、はっきり覚えている部分もある。
 幽々子様、いや、西行寺お嬢様のためならいつでも私は命を捨てる覚悟があります、と誓いを立てたのだ。このことははっきりと覚えている。
 もし咲夜が幽々子様を殺すと言ってしまったら、きっと私はさすがに愛人だからと言えなくなるだろう。
 地面に落ちた楼観剣と白楼剣を背負い、抜刀。お師匠様から教えていただいた、二刀流での最も基本的な構えを取る。
「そう、それで良いのよ。私が惚れた妖夢の姿はそれなのよ。愛する愛人のためではなく、愛する主人のために闘うあたなの姿なのよ」
 咲夜も身を引き締めた。深呼吸して刀を握り直す。肩には力を入れすぎないように。そして咲夜の目を見つめ、集中する。
「咲夜、私あなたのこと愛してる。幽々子様と比べたり何てのは出来ないけど、愛してる」
「私もよ、妖夢。愛してるからこそ、私はあなたとなら命を賭けた決闘をしたいと思う。だから、全力で闘って」
「お互い、最後かもしれない……良いわ、私は覚悟を決めた! 行くわよ咲夜!」
「ええ!」
 スペルカード等と言うお洒落な物は必要ない。ごっこではないのだから。私の二刀の斬撃と、咲夜のナイフの一閃との勝負。
 咲夜の表情を見た。彼女は泣いていた。咲夜はああ言って私を奮い立たせたが、きっと彼女も心のどこかで嫌がってくれているのだろう。
 咲夜の様な良い人と愛し合ってきて良かったと思う。もう何も悔いは無い。だから、せめて一太刀、一度の攻撃でどちらかが立っていられるのか、決め付けたい。
 涙で視界が潰れてしまいそうにる。手の甲で擦ったが、まともに前が見えなくなっていた。
 こちらに向かって走る音が聞こえる。咲夜だ。見え辛くても、わかる。私も合わせる様に駆けた。
 妖夢。私の名前を呼ばれた気がした。いつも私のことを優しく呼んでくれる声。その声はいつもと一緒だった。
 だから私も彼女の名前を、いつも通りに呟いた。咲夜と。もうこれから彼女の名前を呼べないだろうと思うと、寂しいから。
「さようなら」
「さようなら。もしもあなたが冥界に来られたときは……」
 刀を振りぬく。銀色の線が見えた。彼女のナイフが私を捕らえる。しかし私の刀だって間に合う。私が本気で刀を振っているのだから、間に合うはずだ。
 もう迷わない。愛人だからと躊躇しない。彼女は私が幽々子様のために闘う姿が好きだと言った。
 私はどうだろう? 彼女に告白されて、それで興味を持っただけ? 違う。私も咲夜を始めて見たときから何か惹かれるものを感じていた。
 彼女だって私と同じ。従うに値する高潔な主人の命で動く者。そう、私自身も主人のために尽くそうとする咲夜の姿勢に惚れていたんだ。
 刃が交錯する瞬間に私は何を考えているのだろう。もうすぐお別れになるというときに、咲夜のことを本気で好きになっている。
 ああ、どうしてこんなときに考え事をしてしまうのだろう。刀に迷いが出来てしまって、咲夜を斬れないではないか。
 目前に咲夜のナイフを感じ取った。だが私の刀も咲夜の頬に近づいて行っているはず。先に刃が相手に届いた方の勝ちだ。
 私の方が決意は固いはず。いや、咲夜の決死の覚悟も脆くはない。お互い相手に譲る気は無い。気持ちが負けた方が、勝負にも負けるだろ。
 咲夜のナイフが先に当たるのか、私の刀が先に触れるのか。その答えはすぐに──。
「そこまでよ!」
 若い女性の声が響いた。刹那、私の刀と咲夜のナイフは突然割り込んで来たレミリアによって止められた。私と咲夜、二つの攻撃を受け止めてしまうなんて。
 いや、今はそこが問題ではない。なぜレミリアが私と咲夜の決闘を邪魔したのか。いつから近くに居たのか、だ。
「咲夜、そして庭師。あなた達の気持ち、良くわかったわ」
「え……?」
 咲夜と言葉が重なった。後ろから拍手が聞こえてくる。それをしていたのは幽々子様だった。
「素晴らしいものを見せてもらったわ。あなた達の相手を想う気持ちの大きさをね」
「え? 何の話です?」
 周りの空気がガラリと変わったのを感じる。レミリアと幽々子様が口をにやけている。そのうち二人が笑い始めた。
 咲夜と見つめ合う。全く状況が把握できない。どうして攻撃を止めさせられたのか、どうして二人が私達を笑いものにするのか。全くわからない。
「妖夢、あなたまだ気付かないの? 私とレミリアがあなた達を嵌めたのよ」
「ええ~!」
「あはははは! 本当に相手を殺す気でいる二人が本当に最高! 格好良かった!」
「お、お嬢様? あのう、空気が飲み込めないのですが」
 咲夜も困惑している。仕舞いにはレミリアが足をバタつかせながら笑い転げる始末。本当に困っているみたいで、わざとらしく肩をすくめた。
「幽々子様、説明してください!」
「ふふ、この前の神社での宴会を覚えてる?」
 まだ笑っておられる。こっちは真面目に話をしているのだから、相応の態度を取って欲しい。
「それが……何か?」
「あのときよ。レミリアと会ったとき、お互いの身内が付き合っているものだから、暇潰しでもしようって持ちかけたの」
「喧嘩は演技だと? 咲夜を殺せと仰ったのは嘘だということなんですか!?」
「物分りが悪いわね、妖夢。そういうことよ」
 レミリアはまだ笑い転げてる。怒りとも悲しみとも取れる表情で咲夜は泣くに泣けないという感じ。
 私自身も何とも言えない気持ち。だがこれだけは確かだ。幽々子様は私に怒られても仕方がないはずだ。
「幽々子様! 何を考えているんですか!? 私が、どんな気持ちで咲夜に刀を向けたと思っているんですか!」
「よ、妖夢……そんな叫ばなくても」
「叫ばずにはいられません! 決死の思いで刀を抜いたのに、あんまりじゃないですか!」
 咲夜が私をなだめようとしていた。でもこれは我慢出来ない。いくら主人相手といえども堪え切れない。
「金輪際こんなことはしないでください! 良いですか!」
「ううっ……酷いわ妖夢。ちょっとした悪戯なのに、そこまで私を叱り付けるなんて……」
 幽々子様が泣いておられる。だが私は謝らない。謝る気など全く無い。
 私にはこんな酷い悪戯をされていながら、笑って済ませられる程の寛容さは持っていないのだから。
 本当に泣いているのか、はたまたこれも演技なのか。レミリアが幽々子様を慰め始めていた。
 それでも二人とも随分楽しそうである。
 咲夜の方へ振り向いた。彼女は微笑んでいた。いつもの様に、余裕のある上品な物腰で佇んでいた。
「妖夢、もう良いじゃない。何はともあれ、殺し合いをする必要が無くなったのだから」
「で、でも」
「ね?」
「……」
 咲夜にそうお願いされたのでは、許すしか仕方がない。幽々子様とじゃれあうレミリア。それを咲夜も見ている。
「はっきり言えば私も良い気分ではないけど……こうして、もう一度あなたと笑顔で居られてるから構わないの」
「さ、咲夜。そんなクサいこと良く言えるわね」
「あらそう? 何ならもっと言っても良いのよ」
「え?」
 突然咲夜が私に覆いかぶさり、あの二人に後ろを向けた。気がつくと、咲夜は嗚咽を漏らすかの様に泣き始めた。
「怖かった……あなたと殺しあうのが怖かった。私達の関係が本当に終わってしまう、と思って怖かった」
「咲夜……」
「あは、さすがにお洒落に振舞うことが出来なかった」
「良いの、我慢しなくて良いの」
 咲夜の腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。もう何度も抱きしめた咲夜の体。いつもは頼りになる感じなのに、今はとてもか弱く見える。
 こんなに弱そうな咲夜、誰かが守ってあげないといけないではないか。
「あなたも、私も無事で本当に良かった。良かった……」
「ええ……」
 もう一度力を入れて抱きしめた。堰を切った様に大声で咲夜は泣き出した。
 あれだけ格好つけたことを言った咲夜だが、彼女もやはり嫌だったのだ。私はただひたすらに彼女を抱きしめた。抱きしめて、彼女が泣き止むまでは世の中の全てから守ってあげたいと思った。
 少し横になりたいと咲夜が言ったので、私の部屋を貸してあげた。お茶でも用意しておこうと思って台所へ行くと、幽々子様が何やら探し物をしている。
「幽々子様?」
「あ、妖夢? おつまみになる物ない?」
「お酒ですか?」
「レミリアと一緒に呑むためよ。ああ、炒り豆があったわね。でも吸血鬼って鬼だから……炒り豆は危ないわね」
「冷奴でしたらすぐに用意できますが……」
「じゃあそれで良いわ」
「そうですか。では……」
「いいの、いいの。あなたはあの子と居ればいいから。私は自分でしておくわ」
「でも……」
「あなたにもわかるでしょう? 気になる人のためになることは、出来る限り自分でしておきたいって」
「あの、それってどういう意味ですか?」
「むー、どうしてわからないの。まあいいわ、とにかく私のことは放っておいて彼女と居てあげなさい」
「は、はあ」
 塩と酒瓶に杯を持った幽々子様が嬉しそうな顔をして台所を出て行った。よくわからないが、幽々子様がそう仰るのならそうしよう。
 お茶とお菓子を用意した私が部屋に戻る。冷静になれたのか、もう咲夜は泣き止んでいてまた笑顔を見せる程。
「あら」
「はい、お茶」
「ありがとう」
「うん」
「あ、お嬢様は?」
「幽々子様とお酒呑んでるみたいよ」
「ふーん」
 近くの部屋から二人の女性の笑い声が聞こえる。きっと幽々子様とレミリアだ。
「……随分仲が良いみたい」
「そのようね。それにしても、お嬢様があんなことを考えていただなんて……」
「そういえば私、幽々子様に咲夜と付き合ってることをちょっと前まで隠してたんだけどさ」
「うん?」
「何ていうか……最初から気付かれてるみたいだった」
「あ、私も隠してた。それなのに筒抜けだったみたい」
「やっぱり、わかっちゃうのかな。でももう、お互いそんなことを気にする必要ないわよね」
「うふふ。そうね」
 窓を開けた。綺麗な冬の景色。雪が丁度降り始めたところ。咲夜も外を覗き込み、感嘆の声を上げた。
「妖夢、私達もお酒呑みましょうよ」
「まだお昼よ?」
「良いじゃない。あなたと一緒に雪見酒がしてみたいの」
「咲夜ったらもう……」
 外を眺めていると、離れた所からくしゃみをする声がした。若い女性の声だ。すると庭の木陰から魔理沙らしき少女の姿が見えた。
「ねえ、あれって」
「魔理沙よねぇ。何でこんなところに……」
 魔理沙がこちらに気付いたみたいで、目が合った。咲夜と向き合い、もう一度確認する。やはり魔理沙だ。マフラーを巻いた魔理沙がこちらを見ている。
 そのうちキョキョロと回りを見て、慌てたような仕草でどこかへ行った。
「何だったの……」
「さ、さあね。まあ良いじゃない。妖夢、これからもよろしくね」
「ええ! こちらこそ!」
 幽々子様とレミリアの企みによって咲夜と決闘をすることになったが、彼女を好きになった理由を再確認できたことは良いことかもしれない。
 彼女の顔を見ているとどうしたの、と覗き込まれた。
 私は何でもないと返して、外を見た。これからも彼女と一緒に過ごせるのだ。前よりもずっと咲夜のことが好きだ。あんなに格好良い咲夜を好きになれないはずがない。
「ねえ妖夢」
「どうしたの、咲夜」
「やっぱり、何でもない」
 前にもこんなやり取りをやったことがあった気がする。そう、それは彼女が私に告白してきたときのこと。

   《霊夢》

 もうすぐ冬が終わろうとし始めている。雪は殆ど解けて、草木が芽を出し始める時期。
 神社からはもう雪が無くなり、霜も暫く降りていない。
 里の農家達はもう耕作の準備をしているだろう。自称毎度おなじみの烏天狗が勝手に置いていく新聞の見出しは「紅魔館が白玉楼と仲良くなっている」であった。
 数少ない、というと寂しいが毎日の楽しみであるお茶を沸かせる。煎餅でも出そうかなと思ったところで、いつもの彼女が騒ぎながらやって来た。魔理沙だ。
 魔理沙は真っ赤なマフラーを巻いている。もう何週間かすれば外すのだろうと思うと少し寂しい。
「霊夢ー!」
「もうちょっと静かに出来ないの?」
「へへ、聞いてくれよ! この前さ……」
「また咲夜と妖夢の話?」
「い、良いじゃないか」
「はい、はい。で?」
「この前紅魔館に行ったら妖夢が咲夜のメイド服着てたんだ! 無茶苦茶可愛かったぜ!」
「ふーん」
「びっくりしたのは、ここからだ。あいつら、私の目の前で見せ付けるように抱き合ったんだぜ……恥ずかしいったらありゃしねぇ!」
「んー」
「お前、本当他人の話って興味無いよな……」
「だって、私が気にしてるのは魔理沙だけだもん」
「なっ! お、お前……いきなりそんな恥ずかしいこと言うんじゃねえよ!」
「本当のことだもの。折角だからあんたがメイド服着てよ。そしたら私も興味持つわ」
「……」
 顔を赤くして黙り込んでしまった魔理沙。いつも明るく、活発な彼女だが自分が苦手とするところを突かれると途端に弱弱しくなる。可愛い。
「お茶飲む?」
「あ、ああ。もらうぜ」
 咲夜と妖夢の仲が良かろうが、悪かろうが別に構わない。見知った者達の仲が良いとか、悪いとかという話が出来るということは幻想郷が平和だという証拠。
 山の上の神達がわいわい騒いでいようと構わない。毒人形が烏天狗と仲良くしていようがどうでもいい。里の慧音が人形魔法使いと付き合ってるなんて話にも興味はない。
 幻想郷全体が平和で、大した異変も起こらず、静かに暮らしていけたらそれで良いのだ。
 仲良くしている者同士に対して不快にさせるつもりはない。付き合っていようが何だろうが気にしていない。
 私はただ、魔理沙と毎日をのんびり過ごすことができるのなら、それで良いのだから。


『命を奪い合えるような人』終わり

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